REASON TO BELIEVE

前編

「ねえ!! 今凄いこと聞いちゃった!!」
 クラスメイトが余りも勢いで教室に入ってくるものだから、談笑していたレイチェルとアンジェリークも彼女に注目した。
「何だろ?」
「何かしらね、レイチェル」
 教室にいる生徒全員が、ニュースを持ってきた彼女に注目する。
「驚かないでね!! アリオス先生が、ここを辞めて大学の講師になって、同時に結婚するって!!」
 アンジェリークは、思わず息を飲み、その身を震わせた。
 プロポーズなんて、身に覚えがない。
 ひょっとして誰か別な人なのかと考えるだけで、アンジェリークは体の一部が引き裂かれるような気分になる。
「アンジェ!! アナタ、プロポーズされたの?」
 レイチェルに耳打ちされて、彼女は思いつめたように首を振る。
 彼女の顔色は、激しい動揺のため紙のように白くなり、唇を小刻みに震わせていた。
「大丈夫、どうせガセよ!」
 親友の張り詰めた表情に、レイチェルは希望的観測の言葉を掛けてやることしか出来ない。
 "秘密の関係”----
 それが、教師と教え子であり、恋人同士でもあるアリオスとアンジェリークの今の状況を表している。
 少なくとも、生徒の間では、親友レイチェル以外は、二人の関係を知らない。
だからかアンジェリークの前で平気で言えるのだ。このような噂話が。
「それって、ホントって確信があるの?」
 親友の心を察して、代わりにレイチェルが訊く。
「なんかね、金髪の可愛い女の人とアリオス先生が、宝石店に入って指輪を買ってたって!! 宝石店は、"ジュエリー・ジェムだって!!」
「随分具体的ね?」
「だって、見たって言う本人から訊いたから」
「誰!! 何時!!」
 レイチェルは身を乗り出し、親友の笑顔のために、迫るようにして訊いた。
「テニス部全員から!! ランニングしてるときに見たらしい…。今月の15日」
「テニス部が…」
 アンジェリークとレイチェルは互いの顔を見合わせ、眉根を寄せた。
 15日だけは、アリオスがどうしても都合がつかないといっていたことを、アンジェリークは思い出す。
 益々噂がが肯定され、疑惑が深まってゆく
 彼女の顔色も冴えなくなってくる。
「で、ここを辞めるってのは、保険医のオスカー先生から」
 これは確実だと二人は思う。
 ここを辞めることは、アンジェリークは一言も聞かされていなかった。
 そんなに自分は頼りにならない恋人だろうか・・・。
 重要なことも相談してくれないとは、恋人とはいえない。
 信じてもらっていなかったのだと思うと、泣けてくる。
「確認してみようよ? アンジェ」
 涙ぐむアンジェリークに、レイチェルはそっと囁き、彼女も何とか頷く。
 これは本人に確認しなければならないと----

 大変な噂が流れていることを知る由もないアリオスは、ショートホームルームの時間、生徒から厳しい視線を受けているどころか、アンジェリークからも目を合わせて貰えないことに、苛立ちを感じていた。
「おい、おまえら、何なんだ」
「何でもありません」
 クラスを代表してレイチェルはさらりと答え、それ以上のことは口を開こうとしない。
「ま。いいけどよ。今日はこれまで」
「…有難うございました…」
 アリオスの掛け声と共に一日の授業が終わり、掃除当番以外は、生徒たちは速攻教室を出てゆく。
 アンジェリークも無言でレイチェルと教室を出て行こうとすると、素早くアリオスにメモを渡され、彼を潤んだ瞳で見上げた。
 アリオスは軽く微笑んだが、今のアンジェリークには笑顔を返す余裕がなかった。
 教室から出て、こっそりとメモを見ると、"いつものところで5時30分に”と書かれていた。
 ここで噂の真相を聞けるかもしれない。
「レイチェル、ついて来てくれる?」
「え?」
 アンジェリークは思いつめたようにレイチェルにメモを見せると、彼女も同意するようにしっかりと頷いてくれた。  

-------------------------------------------------------------------------------------

 アリオスとアンジェリークが放課後、デートの待ち合わせに使用するのは、学校から歩いて20分ほどある公園の、大きな木の下のベンチ----
 そこが彼が言うところの"いつもの場所"なのだ。
 本格的な冬の訪れを迎え、公園の風景はモノクロームになっている。
 アンジェリークだけがベンチに座って一人で待ち、レイチェ瑠はタイヤキを頬張りながら、少し離れた木の影から様子を見ている。
「アンジェ!」
 先生の時とは違って、明らかに恋人だけのためにある笑顔を口元に湛えながら、アリオスはゆっくりと歩いてきた。
「アリオス…」
 まるで小動物のように、大きな瞳に不安な翳りを潤ませながら、彼を凝視(みつ)めることしか出来ない。
「おい・・・、どうしたんだ?」
 アリオスは眉根を寄せる。
 いつもなら、真っ先に向日葵のような大輪の笑顔で、子犬のように駆け寄ってくる彼女が、蒼い顔で立ちすくんでいる。
 怪訝に思いながら、彼女のいるベンチへと急いだ。
「おまえ、今日、絶対にヘンだ」
 顔を付き合わせるなり、アリオスは少し不機嫌そうに言う。
「アリオス」
「おまえも含めて、生徒たちの様子もおかしい。一体、何があったんだ」
 彼女の考えていることなど総てお見通しのような、切れるような鋭い視線を向けられ、アンジェリークは萎縮して。俯いてしまう。
 上手く顔が合わせられない。
 手のひらに、冷たいものがジワリと出始め、アンジェリークはぎゅっと握り締める。
 言わなければならない。
 言って、この心のもやもやを晴らしてしまいたい。
 覚悟を決めて、アンジェリークは背筋を伸ばすと、軽く深呼吸をしてから、アリオスを真摯な瞳で見た。
 心臓が、早鐘のようになる。
「アリオス…、あのね…」
「なんだ?」
「あの・・・」
「はっきり言え」
「うん・・・。じゃあ、言う!」
 とうとう覚悟を決めて、アンジェリークはまっすぐに彼を見つめた。
「----生徒の中で、あなたが、スモルニィを辞めて、大学の講師になると同時に、結婚するっていう噂が飛んでるの!!」
「はあ!?」 
 これで今日の生徒たちの態度にも合点がゆく。
「どこでそんなことを聞いた」
 のめりこむように見据えられ、彼女は体に震えが来るのを感じた。
「テニス部の子達がランニング中に、アリオスが…、女の人と、金髪の可愛い女の人と一緒に宝石店に入るのを見たって…。学校を辞めて、大学の講師になる話は、オスカー先生から聞いたって…」
 彼の表情は、ほんの一瞬揺らいだ。
 おそらく的を得た答えなのだろうと、アンジェリークは思う。
 そう思うと泣けてきて、アンジェリークは視線を伏せてそれを必死に隠した。
 「ね・・・、全部ホントなんでしょ?」
 言葉に複雑な響きと空虚感が漂い、アリオスを襲った。
「結婚はしないが、大学への移籍は…」
 言葉を濁すように間合いを置くと、微動だにせず、彼は、まっすぐアンジェリークを見つめた。
「----本当だ」
 アンジェリークは動揺する余り、唇を噛み締める。
「スモルニィとは、最初から1年の約束だった」
 事実は、アンジェリークに衝撃となって降り注いだ。
 スモルニィを辞めて大学に行く事実が衝撃だったわけではなく、自分に一言も相談がなかったことが、衝撃だった。
「最初から判ってたんなら、 どうして相談してくれなかったの?」
 動揺し、彼女の論旨は僅かだが、いきり立つ。
「おまえに相談すれば、動揺するだろ?」
「私は子供じゃない!! それぐらいちゃんと相談に乗って上げられる!!」
 思わず声を荒げ、アンジェリークの心の中で膨らんだ不安が、一気に爆発する。
「そこがお子様なんだよ」
「お子様なんかじゃない!!」
 畳み掛けるようにアンジェリークに言われ、アリオスは、一瞬言葉をなくした。
「アンジェ…」
「あの一緒にいたっていう女の人も何なのよ…」
 頬を強張らせ、アンジェリークはいつのまにか泣いていた。
「おまえはまだ知らなくていい」
 眉を顰め、吐き捨てるようにアリオスは言い、逆にそれが彼女を激昂させるのには、充分だった。
 もう、感情を隠すのは、限界にきていた。
 重い緊張がと焦燥が二人を覆う。

 アリオス、いつだってやきもきするのは、私一人…。

「キライよ・・・」
 その唇から発せられた言葉に、一瞬、アリオスはその耳を疑いたくなる。
「え!?]
「アリオスなんて、大嫌い!!! いつも私を子ども扱いして、何でもはぐらかして。あなたなんて、大嫌い!!」
  突然の宣言に、アリオスは困惑し、頭の中が白くなる。
「もう、別れた方がいいよ!! アリオスもこれで、宝石一緒に見に行った可愛い金髪の人と一緒になれるでしょ!!」
 アンジェリークは泣きながら、そのまま走り出す。
「おい!! アンジェ!!」
 アリオスはすぐさま手を伸ばして、走り出した彼女を捕まえようとしたが、簡単に逃げられてしまった。
 彼女の大粒の涙の粒だけが、、彼の手のひらに残る。

 木陰で見ていたレイチェルの顔を見るなり、、アンジェリークはその胸に飛び込んでゆく。
「レイチェル!!!!」
「アンジェ…」

「ちくしょう!!! 何だって言うんだ!?」 
「アリオスも呆然と煙草を苛立たしげに口に銜えると、そのまま、公園のベンチを蹴飛ばした----

 俺が一体何をしたんだ!! おまえをこんなに愛しているのに…。  

TO BE CONTINUED


コメント
2500番のキリ番を踏まれたヒナ様のリクエストで、「TEACHER’S PET」設定で、「アンジェに大嫌いといわれて、やきもきする」設定でした。
後一回で、完結です。一回目の雰囲気はこれでいきますが、いかがでしょうか?
絶対に、やきもきさせて、ハッピーエンドにしますから、宜しくお願いしますね。